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 絆…今、時を越えて… since 2007

"KIZUNA" that cross border and time of 88years, were linked by music
絆
■平成19年度明善高等学校創立記念日記念講演会

クルーゲ氏

平成19年度の明善高等学校創立記念日は、本校にとって、また久留米市にとっても忘れられない貴重な一日になりました。

第1次世界大戦時に日本軍の捕虜となり「久留米俘虜収容所」に収容されていたエルンスト・クルーゲ氏のご子息、クリスチャン・クルーゲ氏が、明善高校を訪れられたのです。

父エルンスト氏は当時、明善高校の前身「久留米高等女学校」の招待により、生徒達のために演奏会を行った捕虜オーケストラの第一バイオリニストでした。

この演奏が行われた大正8年(1919)は、ベートーベン交響曲第九番を日本人一般聴衆として初めて聴いた記念すべき日となりました。

クルーゲ氏

クリスチャン・クルーゲ氏は、昭和56年(1981)に一度、父の足跡を尋ねるために単身久留米を訪問されています。しかしその時は、詳細不明のままあまり得るものが無く離日されました。その後、友人清水良男氏とクルーゲ氏の交流から久留米市へ写真・日記等の寄贈が行われ、不明だった当時の多くのことが次第に明らかになっていったのです。

近隣で唯一オーケストラ部を持つ明善高校。ゴム産業で大きく発展した久留米市。88年前の思いがけない交流が有形無形に、永い歴史の一端を型どっていきました。

ドイツ人俘虜と久留米の絆、久留米高女と明善高校の絆、クルーゲ氏親子の絆、清水良男氏とクルーゲ氏の友情の絆。これらの絆が国境をを越え、時を越えた壮大な歴史の物語になりました。

今回の講演に、ご尽力いただいた47会を初め、本校同窓会の先輩諸氏に深く御礼申し上げます。


■日本人聴衆が初めて聴いた「第九」

クルーゲ氏

第1次世界大戦時、国内にたくさんの俘虜収容所が作られました。映画「バルトの楽園」の舞台にもなった現鳴門市の「坂東俘虜収容所」。日本で初めてベートーベンの「第九交響曲」が演奏されたのは、大正7年6月、この坂東俘虜収容所内だといわれています。

「武士道的精神を持って」俘虜に接した松江豊寿収容所長と共に有名ですが、当時は坂東に限らず音楽・スポーツ・演劇などの活動を行い、時にはハイキングなどの外出さえ催されていました。捕虜と言う厳しい環境の下だったことは言うまでもありませんが、当時の国際条約に従って扱われていたのです。

久留米の収容所は、当初梅林寺や日吉町三橋耳鼻科の所などに在ったのですが、大正4年6月からは国分町の現久留米大学医療センターの駐車場辺り、当時の陸軍衛戍病院の一角だった所に統合されました。最大で1,319人のドイツ兵が収容されていたことが記録に残っています。

今回の来訪で、クリスチャン・クルーゲ氏はここを訪れ、父エルンスト氏が居た頃もあったであろう、樹齢百年以上と思われる大きな楠の木を感慨深げにご覧になっています。

久留米の収容所では、高良山・桜の発心公園等への遠足、筑後川での水浴なども行われています。また現アサヒ・月星等の工場へ雇用などもされ、のちにゴム産業で大きく発展する久留米市に彼らドイツ兵のの科学技術は重要な貢献をもたらしました。

日本人の一般聴衆として初めて「第九交響曲」を聴いた、久留米高等女学校での演奏会の様子がエルンスト・クルーゲ氏の日誌に記載されています。


絆

・・・我々はとても気持ちよく迎え入れられた。始めに会議室に通され、そこで校長が訓辞を述べて大変親切に挨拶してくれた。

それから女の先生方がコーヒーとケーキを供応してくれ、次に校長が学校は「謝礼」は出せないがその代りに感謝の印として古来の女流剣道(薙刀のこと)をお見せしようと言った。

そのため我々は体育館に案内され、剣道の師匠の指揮の下で演習が行われた。それを描写するのは難しいが、そのこなれた愛らしい動きは我々に大きな喜びをもたらしてくれた。

そして立派な講堂へ向かう。そこにはもう全部用意ができていた。少女たちは自分のベンチに座っていたが、皆とてもお行儀よく、お手々を重ねて、これから始まる出し物を待ち焦がれていた。プログラムはドイツ語で印刷してあったので、それぞれの出し物の前に通訳が黒板に題名や作曲家に相当する言葉を書いた。

さて、コンサートが始まった。聴衆は座ったまま指揮者にお辞儀をしたので、たくさんの桃色の顔の代りに突然色とりどりの背中と黒髪でいっぱいになった。少女たちが本当に音楽を楽しんだのか、ドイツのお客様に礼を尽くそうとしただけなのか、私は分からない。とにかく一曲ごとに、割れるような、しかし統制された拍手が起こった。そしてプログラムは長かったのに、最後の瞬間まで緊張して注目が保たれた。

それどころか特別演奏項目もあった。小さな音楽家の少女がある楽譜を持ってきて、はにかみながら「この曲」を演奏してくれないかと尋ねたのだ。それはシューベルトのセレナーデだった。通訳がそれを黒板に書くと、席中にどよめきが伝わった。アアとかオオと言う声や囁き声がした所を見ると、この曲は明らかによく知られているらしかった。拍手もそれに相応してもっと大きかった。

コンサートの後、またコーヒーとケーキが出て、校長先生のお話があり、一人ずつ献呈の辞の付いた絵葉書を記念にもらった。・・・・

『クルーゲの日記(生熊 文 氏の翻訳)』より抜粋

■生徒の感想文から

絆


絆

先日、ドイツからクルーゲ氏御夫妻をお迎えしての演奏会で演奏させていただくことが出来、感謝の気持ちで一杯です。かってクルーゲ氏のお父様が演奏されたことがあると、今回初めて聞き、戦争の歴史を身近に感じました。

特に、ベートーベン作曲、交響曲第九番の生演奏を一般の日本人が初めて聞いたのも当時の久留米であったという事に大変驚きました。

今回は”返礼”という意味も込められた演奏会だったのですが、わたしにはクルーゲ氏やお父様、明善高校同窓会や明善高校、この件に関わる全ての方々への感謝の気持ちがありました。今回この様な機会を与えられたのは、クルーゲ氏のお父様やご家族を初めとしたたくさんの方々が、当時の思い出や人と人とのつながりを大切になさっていたからだと思います。

当時は戦争中、敵味方の関係や決して楽ではない生活など悲しい背景がある一方で、やはり、どの時代でも人と人とのつながりが大切だったのだと感じました。

今回の演奏会は歴史的価値のある、国境を越えたとても素晴らしい会でした。88年前の先輩方や私たちが、クルーゲ氏のお父様やクルーゲ氏と、音楽を通じ、国境や時を越えてつながりを持てたことに心から感謝し、平和と、人と人とのつながりをこれからも大切にしたいと思います。

平成19年度 明善高校オーケストラ部部長 Sさん



絆

約90年前、クルーゲさんのお父様が私たちの先輩にベートーベンの交響曲第九番を演奏してくださり、今回は私たちが演奏することにより、その返礼が出来て嬉しく思います。当時は戦争中であったにも関わらず、音楽の力は国境を越え、また今回のように時代も超えることが出来る素晴らしいものだと思います。

「私たちは音楽という言葉を通して分かり合うことが出来る」

というクルーゲさんの言葉がとても印象に残っています。今後の様々な出来事を通じてよりよい音を追求しながら活動していきたいと思っています。

平成19年度 明善高校オーケストラ部副部長 Iさん


■平成19年度明善高等学校創立記念日記念講演会
♣ TIME TABLE

清水 良男

演題:わたしとクルーゲさん、そして久留米捕虜収容所

期日:平成19年10月3日(水)
会場:久留米市民会館/明善高校

■講演
13:30 開会の言葉
13:31 校長挨拶・講師紹介(大雄校長)
13:35 講演/清水 良男氏




クルーゲ

演題: 「ドイツ軍兵士と久留米、父エルンスト・クルーゲの物語」 「万人よ、抱擁せよ」(ベートーベン交響曲第9番より)
*通訳を交えながら[通訳は本校英語科]

13:55 講演:
   クリスチャン・クルーゲ氏

15:15 謝辞(生徒代表)
15:20 花束贈呈(生徒会長)

15:24 閉会の言葉



♣ 歓迎行事
歓迎行事

16:00 お茶の接待(茶道部・行在所にて)
16:25 オーケストラ部演奏披露(大会議室)


♬ 演奏曲

交響詩 [フィンランディア]
Finlandia (symphonic poem) [Jean Sibelius]
交響曲第6番作品74 [悲愴]
Symphony No.6 in B minor op.74 "Pathetique" [Peter Ilyich Tchaikovsky]
威風堂々
Pomp and Circumstance March No. 1 [Sir Edward William Elgar]
パイレーツ・オブ・カリビアン
Pirates of the Caribbean[Alan Silvestri]
アイーダ-凱旋行進曲
Aida (Triumphant return march)[Giuseppe Fortunino Francesco Verdi]
-- ENCORE--
主よ人の望みの喜びよ
Well-Tempered Clavier 1/1 in C major Prelude [Johann Sebastian Bach]

オーケストラ



♣ Movie File [MP4}


♣ クルーゲ氏来訪を報じる新聞各紙

メディア

○「父が親切受けた寺は…」第1次大戦ドイツ人捕虜/息子が探索の旅/12日はるばる久留米へ[1981.12.10]*前回の来訪記事
○「第九の感激世紀を越えて」/88年前独兵が久留米で演奏/明善高がお礼の会[2007.10.2]西日本新聞夕刊
○「第九」が奏でる交流/独人捕虜の遺族来日/高校オケ部演奏で返礼[2007.10.2]朝日新聞夕刊
○第1次大戦後久留米高女で演奏/新たな交流の契機に[2007.10.2]読売新聞夕刊
○「音楽の力は言葉を越えた」/捕虜の扱い久留米を模範に/ドイツ兵の子息明善高で講演[2007.10.4]西日本新聞
○音楽は国境越えた/「第九」返礼演奏に感動/遺族明善高を訪問[2007.10.4]朝日新聞
○資料175点久留米市に/ドイツ兵捕虜の子息クルーゲさん寄贈[2007.10.5]西日本新聞

♣ SPECIAL THANKS

We dedicate to the late Mr. Tamaki Otsubo[1953- *graduated in 1972]